2017年10月号 人を伸ばす

更新日:2017/10/11

   小学校1年生で書写(当時はかきかたの授業と呼んでいた記憶があります)の授業があった。お手本のように文字を書いて、先生に見ていただき、はねや留めを含めてきちんと書けていれば、合格して次のページに進む授業で、生徒により進度は様々でした。最初の授業で僕は3ページ合格しましたが、4ページ合格したクラスメートがいて、それが負けず嫌いの僕は悔しくて、1週間後の授業までに、1年分のお手本すべてをノートに書いて授業に臨みました。授業が始まると真っ先に先生の机にノートを持っていき、先生の添削を受けました。H先生はすべてのページを1週間で書いてきたことに驚かれ、「よくやったわね。」と褒めてくださいました。ところが添削が始まるとドンドン添削され、ここも、あそこもという具合にダメ出しが続いた。未習の漢字もあったのでしょうが、悔しさからポロポロと涙がこぼれ落ちた。すべて見終わった後に、先生は「直すべきところはあるけれど、1週間でよくここまでやりました。1周目は合格ということにしますから、今日から2周目ということにして、今後も頑張りなさい。」と粋なはからいで、僕の無謀ともいえる頑張りを評価してくださいました。2学期に入り秋には絵画、書道の学童展がありました。1年生は書写でクラスから優秀な作品が4作品選ばれて展示されます。僕は最終候補の6人に入っていて、放課後に課題を6人で練習しました。僕はクラスメートにも一目おかれていたし、先生からも僕の作品が選ばれて展示されるとほのめかされていたように感じていたので、ワクワクして会場に行きました。ところが僕の作品がない。何回見ても他のクラスメートの4作品でした。僕は頰に熱いものが伝わるのを感じて、「酷いじゃないか先生」と小さな心の中で抗議した。後日しばらくして4作品にギリギリ滑り込むようではダメだと思い直して、それなら絶対的エースになるしかないなと作品が展示された4人をリサーチすると、みんな書道を習っていることがわかりました。そして僕は小学校2年生から書道を習い始めました。 その後の学童展では毎年のように作品が選ばれて、中でも優秀な作品には金、銀、銅賞がそれぞれ数名選ばれていましたが、金賞の常連となりました。高学年になるとスポーツで勝つことに情熱が移っていき、書道教室の方は疎かになりかけましたが通い続け、最終学年の6年生では、市内最優秀作品として僕の作品が市内すべての小学校で、一定期間展示されました。その時の課題はまさに5年間の集大成に相応しい言葉「進歩」でした。

   僕は小学校1年生の担任のH先生に今も感謝しています。僕の無謀ともいうべき頑張りを評価してくださったことと同時に1年生の学童展で僕の作品が選ばれなかったこと。その後の人生にどちらもいい影響を与えています。

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