2019年1月号 敗戦を糧に!

更新日:2019/01/15

   オリンピック3連覇にして国民栄誉賞受賞者の吉田沙保里選手が先日引退会見を行いました。そのインタビューの中で興味深かったのは自分を一番成長させた試合として、銀メダルに終わったリオデジャネイロ五輪の決勝戦をあげていたことです。現役最後の試合であったため、その敗戦から学び競技にいかせたという意味ではなく、初めて負けた人の気持ちが分かったという趣旨の話をされていました。

    スポーツ選手で大成した人は天性の才能だけではなく、膨大な時間を費やし、それこそ血の滲むような努力をしてきたはずで、そのこと自体は称賛されるべきである。しかし吉田選手は心配ないでしょうが、いわゆる第2の人生でつまづく選手もいてニュースで報道されたりします。これは競技生活においては自分の技術やメンタルを向上されることが何より最優先されるためであるからなのでしょうが、実生活においてはそれ以外に相手の立場にたつ、他人の痛みを理解できる能力が必要だからでしょう。          

   医療業界や官僚の世界や一流の企業の不祥事もこのような観点から説明がつく。医師になるような人は自分の学力を高めることに関しては努力を惜しまない人が多いが、この能力と他人を思い遣る能力は別である。そう意味では医師の半数以上は浪人経験者であることは良い面もあるのではないかと思ったりもします。

   10代や20代で最も大切だと思うことは何かに懸命にうちこむことである。その結果、卓越した成果を残せれば、素晴らしいことであるし、うまくいかずに悔し涙を流すことがあってもいい。いやむしろ負ける経験を積むことは人の痛みが理解できるという点では、長い将来を見据えると貴重な経験になる。最もいけないのは、自分の置かれた環境や能力に不満を持ちチャレンジさえしないことである。

   また昨今の世の中を見ていると一部の権力者の横暴で物事が決まったりして、不満を持つ純粋な若者も多いかもしれない。しかし残念ながら世の中は不条理である。だけれどもそれを頑張らない理由にしてはいけない。それでも懸命にやることだ。もうこれ以上できないという域まで努力した者だけにしか見えない世界がある。仮に一年後に試験に合格しないと命を失うというような状態に陥ると好き嫌いやさぼりたいなどと言わず多くの人は寸暇を惜しんで努力をし、実力をつけるだろう。しかしそういう状態にならずとも本気で生きている人間は数少ないが存在する。もちろん吉田選手などもそうだろう。 

   小学校の卒業文集に僕は将来の夢「医者」と書いた。そして幸運にも僕の夢は叶った。今振り返ると不運にも思えた不合格になった経験も財産となっている。大学受験で大失敗したことや高みを目指して努力し、窮地に陥っても状況を打開できたことは大きな自信になっています。失敗を怖れないことは若さの特権であり、かなりの実力がないと大失敗できる舞台にも上がれない。ホームランを狙って空振り三振に終わってもいい。自分はホームランを狙って思い切りスイングしたと堂々としていればいい。どんな結果になろうともプレイヤーの立場に身を置いてみることだ。必ずしも他人の決めたものさしの成功にこだわらなくてもよい。

   努力すれば必ず夢が叶うというような綺麗事はいわない。しかし敗戦をも糧にして生きていくなら、そして人の痛みを理解して生きていくのなら、必ず志を持ったカッコイイ大人に成長できると僕は断言できる。

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