2018年5月号 30年間無敗の男
2018/05/11
「恵三、もうやめろ」懸垂の回数が30回をこえた僕に体育教師のH先生はそう叫んだ。中学1年生の体育の授業のワンシーンだ。全国共通の体力測定(確かスポーツ小テストといったと思います)で懸垂は21回以上が20点満点で、それ以上は何回懸垂しても20点です。ではなぜ30回以上も懸垂したのかというと学年ナンバーワンの称号のためで、みみよりつうしんの愛読者の方はよくご存知でしょうが、僕はかなりの負けず嫌いです(でした?)懸垂がなぜそんなにできたかというと、小学校入学前より父親が庭に鉄棒を設置してくれていて、中学入学の頃より毎日のように自宅の高鉄棒で懸垂をしていたからです。あと当時農家を営んでいた祖父は多くの田んぼを所有していて、お米の収穫の時期には手伝いにかりだされて、30キロ程度のお米が入った袋をよく運んでいました。小6の頃には一人前の大人程度の作業(父親と150個位の袋をトラックにのせて、またトラックからおろして並べるという作業を朝、祖父の家まで車で向かい、学校に行くまでの短時間に行っていたので、その体力とスピードに僕のことをよく知らない、祖父の近所の農家の人も舌を巻いていました。父親は「何をするにしても最終的には体力だからな」とよく言っていました。勉強しろとはひとことも言いませんでしたが、大切な事を学んだと感謝しています。
このような僕が医学部入学時に腕相撲でチャンピオンになるのは至極当たり前のことで、前年度のチャンピオンに圧勝したのも順当だったかもしれません。このあたりの詳細はみみよりつうしん2015年12月「2番はビリと同じ?」にあります。その結果走れてスピードがあるうえに、パワーのある僕は医学部の多くのスポーツクラブより勧誘をうけ、そのなかにはノーベル賞受賞者の山中伸弥教授も在籍されたラグビー部もありました。しかしすべてお断りしてしまいました。視力が落ちてきていてコンタクトは合わなかったことや自宅から片道1時間以上かけて通学していたことなどがその理由の一部ですが、体力をつけるのが目的ならすでに十分あるし、医学部の体育会に入るモチベーションがどうしても上がりませんでした。熱心に勧誘していただいた先輩方にはたいへん失礼で申し訳なかったと反省しております。その後勤務先の病院で母校の数人の後輩と腕相撲をしたことがありますが、当然のように負けていません。大層に言うと大学入学時より医学部の腕相撲チャンピオンとして30年間無敗です。ただもうその称号ははずそうと思います。現在置かれた社会的な立場からすると、生涯体育を推進する立場です。やるからには勝敗も大事ですが、一般人の場合はプロスポーツと異なり、体力増進あるいは他人とのコミュケーションの面でスポーツは大切です。僕は現在のところウォーキングあるいは筋トレ以外は行っておらず、他の人とスポーツをする機会があまりなく、そろそろ何かはじめようかと考えたりします。
医師というとゴルフのイメージを持たれている方も多いようですが、僕自身は一度もゴルフをしたことはありません。それは大学院生の時に医師として一人前になるまではゴルフをするなという上司の教えを守っているからではなく(笑)、若い時は勝敗を度外視して楽しむ境地になれなかったからです。父親は教師を退職してからゴルフをはじめました。まだまだその年齢まではありますので、しばらくはスポーツをされる方の診察に時間をさく毎日が続きそうです。