2021年12月号 医院開業のリアル
2021/12/13
香川県在住の弟から最近開業の相談を受けました。内視鏡のスペシャリストで、香川県で開業を予定しているようですので、読者の皆さんに直接影響のある話ではないのですが、医療業界に関心のある方は多く、また私たち開業医について知ってもらうことも意味があると考え今回のテーマにしました。
先ずなんといっても開業にとって大切なのは立地です。視認性や家賃、駅からの距離など様々なことを考慮しなければなりません。近隣との関係も重要です。また具体的には述べませんが、医療機関の立地としてふさわしくない場所もあります。一度決めてしまえば、簡単には変更できないので注意が必要です。当院開業時は山手幹線が芦屋まで開通していませんでしたが、そのうち開通するだろと判断したところ、その通りになり芦屋、西宮からの患者さんも増えました。また地域により開業に適しているところとかなり苦戦が予想される場所があります。都市部はほぼ飽和状態ですし、家賃や賃金も地方より高くなりますので大変です。私が開業した同時期に東灘区だけでも3つの整形外科が開業され、その後に東灘区だけでも5〜6の整形外科医院が開業されています。私は開業後運良く軌道に乗りましたが、同時期に開業されたリウマチを中心に開業された近隣の整形外科医院はやがて閉院になりました。
開業資金を自己資金だけで賄えることはまずありませんし、開業後6か月くらいは患者さんが0でも大丈夫なくらいの資金が必要です。毎月家賃や人件費は出ていきますので、通帳の残高がどんどん減っていきます。精神的にタフでなければやっていけません。私は開業からしばらく、以前勤務していた病院の日直で救急患者さんを診察したり、非常勤で神戸の病院で診察していました。時には週末に土、日曜日と救急当直をこなしていました。いわゆる出稼ぎです。私は客観的に見て体力はあると思いますし、現在も肉体年齢43歳ですので、なんとかなりましたが、無理をするとかなりの確率で身体を壊します。また融資がおりるかわかりませんでしたので、都市銀行であるM銀行を含め3ヶ所に融資をお願いしました。幸い全て融資がおり、予定よりかなり多めの融資を受けることができました。開業後にわかったことですか、都市銀行が診療所の開業に融資することは稀で、もっと大口融資が業務の中心らしいです。医師として優秀な開業医の先生方も都市銀行には相手にしてもらえなかったと異口同音におっしゃいますので、これは私の医師としての実力だけでなく、メインバンクとしてM銀行と長年お付き合いしており、私の堅実な金銭感覚が評価されたのではと勝手に解釈しております。
また開業は家族の理解が大変重要です。自由な時間が増えるようで、原則診察する医師の代わりがいませんので、簡単に仕事を休めません。一般の方は開業医はゴルフ三昧、長期休暇に海外旅行とイメージされる方が高齢者を中心に少なからずいらっしゃいますが、それは昭和の話です。現在ではむしろ勤務医より給与が少なくなることも、破産することも十分ありえます。また収入が多くみえてもその中から医療機器や電子カルテに投資していかなければなりません。派手にみえる開業医はもともと不労所得があるなど医業で収入がなくてもやっていけるような資産家であることが多いです。私や弟のように公務員の家庭ですと、親からの多大な援助はえられません。しかしそんなことは開業に対してなんの言い訳にもなりません。開業地の決定から、全てにおいて私主導で行ってきたことに関して、信頼してついてきてくれた妻や家族にはあらためて大変感謝します。
幼い頃から身体の不自由な兄を見て育った私は兄の分まで頑張ろうと思って生きてきました。開業するにあたっても、少々のことではへこたれてなるものかと思ってやってきました。努力次第でどうにでもなることを環境や他人のせいにはしてきませんでした。兄への想いは弟の根底にもあると思います。開業するにしても、熟慮の上、勤務医を続けるにせよ、それが弟にとって最善の道なのでしょう。
開業に関して、私は大変ついていて、幸運だったと思います。開業後様々なメディアに取り上げていただき、冷静に考えると動画の視聴ランキングでは奇跡とも思える成果を上げることができました。また線維筋痛症の薬剤の治験に携わったりすることもできました。近畿義肢製作所や山田朱織枕研究所の方々にも大変お世話になっております。当院スタッフに関しても長く貢献してくれたスタッフだけではなく、短期間でも戦力となってくれた理学療法士の卵の若者達や、当院では残念ながら実力を発揮することができなかったスタッフにも感謝します。そして他人であるのにも関わらず、当院に大変な愛情を持ってくださる患者さんにも感謝します。また医師会の先生方や地区の住民の方にも大変よくしていただいております。今年度までの本山地区理事に続いて、来年度からは東灘区全区理事を務めることが先日決定しました。自院のことだけでなく、地区の住民や医師会のために微力ながらも貢献できるよう頑張りたいと思います。今年も最後のつうしんとなりました。今後も感謝の心を忘れずに診療に取り組んでいきます。また弟の開業が決まりましたらお知らせします。香川県にお知り合いがいらっしゃいましたらその際にはよろしくお願いします。