2014年12月号 クリスマスイブの約束
2014/12/11
12月からK大学付属病院に戻った圭一が、いつものように点滴の針を1回で入れると、「先生お上手なんですね。またお願いします。」と彼女は言った。点滴が難しい彼女は他の研修医も敬遠して、自然と圭一の担当となり、会話を交わすようになった。年齢は30代後半で来春高校受験を控えた娘さんがいるようだった。「私の娘はとっても美人なの。」早逝した美人女優夏目雅子に似た彼女の言葉には説得力があった。何度か点滴に行くうちに、先輩で主治医のM先生からも「圭一先生は彼女のお気に入りだから。これからも僕の代わりに部屋に顔を出してほしい」と頼まれ、時間が空いたときには彼女の部屋に行くようになった。クリスマスイブの日に彼女は「先生にお願いがあるんです。来春桜の木の下で、私と娘の写真を撮っていただけないでしょうか。」といつものように明るく振る舞うように言ったが、その瞳は確かに濡れていた。圭一は困惑を悟られまいと笑顔でうなずいたが、守られるはずのない約束だった。彼女はがん末期で余命いくばくもなく、死期がそう遠くないことを彼女自身悟っていたと思う。これまでの会話もお互いに病気のことにあえて触れず、娘さんのこと、趣味のこと、忘年会の出し物のことなどに終始していた。彼女も明るくふるまっていたし、圭一も彼女の笑顔をずっと見ていたかった。しばらくして1月より救急部に配属される圭一に「いいお医者さんになってくださいね。」と彼女は言った。そしてこれが最後の言葉になった。1月17日震災があり、圭一は救急部に詰めていたため、彼女の消息は分からない。研修医だった圭一もあれから多くの経験を積んできた。彼女の最後の言葉やその他多くの患者さんの想いを胸に抱き、圭一は今日も患者さんと真摯に向きあうことを誓う。